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土田世紀 『永ちゃん』と永六輔 前編

 古本屋を冷やかしていたら、土田世紀の古い作品『永ちゃん』(1989)を見つけた。

 ちょうど休日出勤して、連絡待ちをする予定だったので、一気に読んだ。細かい書きこみに目がチカチカする。この人の初期作品はイヤっていうぐらい書きこみ(コネタ)が多いのだ。

 デビュー作『未成年』では、コネタの連続で相当に読みづらかった覚えがあったけれども、ストーリーテリングはかなり上達していて、熱くて、うざったくて押し付けがましい土田節が横溢していた。好み。

 読み終わった後、このマンガのカバーに「永ちゃんは、永六輔の永じゃないよ。矢沢永吉の永だよ」と書かれてあったことをぼんやり思い出しながら、まったく別のことを思い出していた。

 永六輔に会ったのは、4年ほど前のことだ。少し長くなるが、備忘録のために書いておきたい。

 それは、タウン誌の仕事だった。

 主旨としては、浅草の老舗割烹『茶寮 一松』へ、浅草にゆかりのある人物(永氏の実家は浅草の寺)を招き、その講演の模様を取材するというものだった。といっても、調整はクライアントである団体の人間が行い、僕とカメラマン氏、ライター氏は当日取材をするだけだから、わりと気は楽だった覚えがある。

 ライター氏、カメラマン氏ともに打ち合わせをした後、セッティングも終え、いよいよ永氏が二階に上がってきた。緊張が走る。浅田飴のCMで見るよりは、ぐっと老けている印象。

 話をする前に、簡単に主旨を説明して、テレコを回し、カメラを撮ろうとすると永氏はゴネ始めた。曰く「こういう取材なんて聞いていない」……僕の顔はさぞかし白くなっていたことだろう。頭が真っ白になって、必死に説得するが、まったく耳を貸さない。

 挙句の果てに、その場にいたご婦人方(20~30人はいただろうか)を永氏はアオり始めた。

 「原稿にしてもいい『つまらない話』と、原稿にはできない『面白い』話、どっちが聞きたいですか~?」

 結果を待つまでもなく、大半が『面白い話~』と答える。完敗だった。カメラマン氏とライター氏には平謝りして、その日は撤収となった。用意されていた豪華な弁当もビールもまったく味気なく感じた。

 団体の偉い人は、「だから、共産党は……」とブツブツ言っていた。この振る舞いと共産党のどこらへんに関係があるのか……そんなことを追求する気力もないまま、とにかく最悪の気分で家路についた。

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創業昭和34年。お座敷に広い窓、高天井に襖など、日本の伝統的建築を今に残す数寄屋造りの一軒家。この道二十年の板長が腕を振るう会席料理は、前菜からデザートまでのすべてが手作りで供される上、お客様の出身地の料理をお出しするなど、リクエストにも柔軟に対応してくれるという。 鯉の泳ぐ池と庭を眺めながら旬の味わいを楽しめば、浅草情緒の粋に触れることができそうだ。 浅草 一松(参考:グルメGyaO) 住所:東京都台東区雷門1-15-1 営業時間:11:30~22:30 TE... [続きを読む]

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