
やっと読了。
山本素石(やまもとそせき)という名前は、ブログ番長S氏に教えてもらった。確かこんな会話だったと記憶している。
S氏「釣りがお好きなんですか?」
ボ「ええまあ(あんまり釣れたためしがないので口ごもる)」
S氏「何釣りですか?」
ボ「海釣りです」
S氏「そうですか」
ボ「お好きなんですか?」
S氏「僕は渓流釣り……というか『釣り文学』が好きなんです」
ボ「『釣り文学』!? そういうジャンルがあるんですね。開高健とか、井伏鱒二とか、ヘミングウェイとか、アイザック・ウォルトンとかそういうヤツですか?」
S氏「そうですね。ただ、僕が一番好きなのは山本素石です」
それまでにも、彼の博識ぶりは言葉の端々に現れており、そのたびに内心感心していたものだが、この名前を聞いたとき、この人物はただものじゃないぞ、と本格的に思い直した。「ほんまもんの本好きだ」
実際に、彼イチオシの本書を読み終えて、まずそのときの確信が正しかったことがわかった。本好きの好みそうな、実にシブい本である。
内容は、ひとことで言えば、戦前・戦後の混乱期を、絵付けなどをしながら関西方面の渓流を釣り歩いた著者の半生記である。これが、山本氏独特のシニカルでへそ曲がりな視点で綴られる。
それは、この本の裏テーマである、秋本某という女性とのあれこれを描くときにも一貫していて、決して描写が甘くない。感傷的ではないのだ。
釣りの話も、女性とのやり取りも、師匠・山野秋邨氏の人柄もどれも面白いが、一番ひかれたのは、渓流釣りで奥地に出向いた先で耳にする土地の話だった。
夜這いのマナー、切り傷・火傷に効くムカデ脂の作り方、「山小屋で七人で寝てはならない」という禁忌、100年前村にいた美人のことを今のことのように語る男、筏流し(材木を束ねて筏状にして運搬する)などなど、実際に山を歩き、無名の人々の懐に入らぬと聞けぬような貴重な話ばかりである。実に力強い説得力を持った言葉たち。
ふと「著者の何事にも平易に流されない姿勢は、まるでS氏そのもののようだ」と思った。
本を読み終えようとして、盛川宏という人の解説文の書き出しに(釣師ではないけれども)ギクリとする。
「心に傷があるから釣師は家を出る。ただし彼はそのことに気がついていない。その傷がなんであるかを知らないーー。」(『緑の水平線』林房雄)
【枯れ度】 ★★★★★
◆本日の名盤……「枯淡の境地」とはこういうことなのかもしれんなあと思ったのはこのアルバム。妙にワビサビや、間の美学など日本的なものを感じる戦前ブルースの巨人・ロバート・ジョンソン『キング・オブ・ザ・デルタ・ブルース・シンガーズ(紙ジャケット仕様)』(1966)。
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