recollection

久我山惜景

 久我山にいるのも残り一週間。名残惜しいので、いろいろ写真で撮ってみました。

Imgp7068_1 老舗の喫茶店。小さな音量でクラシックがかかっている穴蔵みたいな店。注文すると、実に丁寧にコーヒーや紅茶をいれてくれる

Imgp7070_1 街のパン屋、と呼ぶのは憚られるほどちゃんとしたバゲットを出すパン屋。歩いて5分のところにこんな美味しいパン屋があったのは本当に幸せでした

Imgp7073_1 ケーキ屋『ロッシェ』。何か嬉しいことがあると、ここでケーキやお菓子買ってました。近所で唯一ちゃんとした洋菓子店

Imgp7074_1 『メナハウス』。いかにも、アジアンリゾート風のマンション。民家が立ち並ぶなかで、なんともスノッブな空気を醸している(今はそんなでもない)

Imgp7076_1 なんかキレイな緑

Imgp7077_1 目の前にある素敵な家。こだわりまくって作ったことがイヤというほどわかる。玄関ドア、木の窓枠、オリーブの木……憧れです(それにしても、どの部屋にもいまだにカーテンがついていないのはなぜだ)

Imgp7078_1 沈んでいく夕日を見る。そういえば、夕日がよく見える街だった

Imgp7079_1 久我山幼稚園。ここにある木は桜の大木で春はかなりキレイだ

Imgp7080_1 近所の公園にある乗り物。サッカー少年が集まる公園。ひそひそ話をする若者もちらほら

Imgp7081_1 『はた質店』。久我山を牛耳る大地主・ハタという一族の経営する質屋。何も買ったことはないが、昔からこういうところを眺めるのは好き。チャキのギターが売ってたけどまだ売ってんのかな

Imgp7082_1 久我山の一番好きな眺め。ピーコック駐車場から、空を眺める。今日もいい感じ

Imgp7083_1 『焼き鳥 いしい』。レバーと唐揚げをよく買っていた。なんでも美味しい。看板には、「お!いしい」と駄洒落たコピーが書いてある

Imgp7085_1 最近できた古本屋。安くもなんともないが、ここで安い古本を買って、お茶を飲む贅沢よ

Imgp7086_1 新しくなった久我山駅。昔はもっとショボくれた駅だった

Imgp7088_1 神田川を眺める。散歩コースにも最適な川沿い。夜は死ぬほど暗い

Imgp7089_1 これまた最近できた春木家系列(らしい)『甲斐』。つけめんの麺が日本そばみたいで美味しい

Imgp7090_1 開いているかどうかよくわからない喫茶店。越してきたときは、開いてたと思ったけどなあ

Imgp7091_1 お洒落な雑貨店。気の利いたものがいろいろ置いてある

Imgp7092_1 とても人気のある隠れた名店『ちっぷいん』。近隣の芸能人も来ているらしい。値段はやや高め

Imgp7093_1 安くて美味い焼き鳥屋。越して来てすぐ行った店。「玉三郎」(プチトマトのベーコン巻き)が美味い。やけどしそうになるけど

Imgp7101_1 そして……一番名残惜しい店『魚多』。隣の魚屋店員が、そのまま夜は居酒屋の店員になる。価格、質とも文句なし。知人を連れていくとかなりの確率でハマる

Imgp7095_1 福岡にいるんじゃないかと錯覚するほど安い

Imgp7096_1 瓶ビールを飲みながら、毒にもクスリにもならないエッセイなんかを読んでいると、ビリビリ幸せを感じます

Imgp7097_1 活きホタテ貝の磯焼き(300円)

Imgp7098_1 カキフライ(400円)

Imgp7099_1 まぐろの中落ちづけ丼(600円)

Imgp7100_1 とうふときのこの豚しゃぶ(380円)。あと、瓶ビール一本(400円)で2080円でした。食い過ぎた!

Imgp7106_1 最近見つけた居酒屋。味は濃いけど、なかなか良心的な店

Imgp7107_1 美味いらしいが、予約客しか受け付けないところが気に入らないので、結局一度も行ったことのないイタリア料理『ピッコロモンド』

Imgp7108_1 調子に乗って「久我山定食」を頼むと、毎回量が多すぎて後悔する学生さんの味方『とんかつ太郎』

Imgp7109_1 夜遅くまでコーヒーが飲めるのはここしかないのです。ファミレス『グラッチェ・ガーデンズ』

Imgp7110_1 自分の中の野生の勘が「ここには入ってはいけない」と告げるので入ったことはない喫茶店『ライムライト』

Imgp7121_1 図書館に行くときにある緑地。野菜も売ってる

Imgp7122_1 選挙のときは必ずここ。高井戸第二小学校

Imgp7124_1 前にも一度書いたことがあります。無愛想だが腕のいいあんちゃんがやっているギター工房

Imgp7125_1 よく行っていた図書館。雑誌が充実している。最近までアスベスト除去工事していた

Imgp7126_1 おおすぎ診療所。浅黒い院長がいる

Imgp7127_1_1 なんかいろいろ飾っている家

Imgp7128_1 富士見ヶ丘にあるリサイクルショップ『かっぱ堂』。CDがやたら安い

Imgp7130_1 富士見ヶ丘『なかじま』。ここも以前書いたことがある。昼間っからハートランドビールを切り子硝子で飲める店

Imgp7132_1 富士見ヶ丘には井の頭線の車庫があり、その裏手の神田川沿いにはちょっとした森が広がっている

Imgp7133_1 川には花びらがたくさん

Imgp7134_1 川沿いにつつじが咲いてました

Imgp7135_1 変な顔のオブジェ

Imgp7137_1 有機野菜を売っている『ぴゅあきっちん』。ここのみかんを食べると、スーパーのは食べられなくなります

Imgp7138_1 ピーコック裏、ハタ邸前の道路は、木がすくすく育ってます

【センチメンタル度】 ★★★★★

◆本日の名盤……6年も住んだ街を曲に無理矢理例えてみると、この曲みたいな感じだろうか(歌詞知らないので曲の印象だけで決めてます)。名曲「オータム・オルマナック」収録のキンクスSomething Else by the Kinks(1967)

Something Else by the Kinks

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土田世紀 『永ちゃん』と永六輔 後編

 調整をした人物と事務所に事情を説明して、後日あらためてインタビューさせてもらうことになった。写真は撮られたくない、とのことで、在りモノの宣材写真を使うことになった。なぜかモノクロの写真だ。かなり若い頃のものだろう。

 新たに指定された場所は、早朝の新幹線内だった。東京~三島(静岡)へ至る1時間の間しか時間は取れないらしい。しょうがない。他に選択肢はない。眠い目をこすりながら、当日、電社を乗り継ぎ、東京駅へ向かった。

 一転して、この日の永氏は上機嫌だった。出発直前に甚平姿で現れ、ホームで分厚い手帳を取り出すと、あの特徴的な字で必死に何か書きつけていた。

 席へ移動するなり、早速取材を始めた。あの悪夢のような一日はすべてパフォーマンスだったんではないかと思うぐらい、物静かで誠実な語り口。もちろん、話も上手いし、何より抜群に面白い。この稼業でよかったなと思うのはこういう瞬間だ。何もかもが特等席で味わえる。

 三島駅に着くと、永氏はそそくさとどこかへ消えて行った。残された僕と、ライター氏、なぜか僕が所属していた会社の女社長の三人は三島を観光して、東京へ戻った。不思議な旅だった。

 後日、僕宛に一枚のハガキが届いた。差出人は永六輔。そこには、やはり特徴的な文字で、僕の名前と「ジュース美味しかった。ありがとう」とだけ書かれてあった。永氏が筆まめであることは知っていたが、まさか自分宛に永氏からハガキが届くとは夢にも思わなかった。嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気分を覚える。

 ジュースは、「永さんはおじいさんだから、生ジュースかなんか用意した方がいいんじゃない? ……私用意してくる!」と女社長が変な気を回し、用意したものだった。

 「●●くん(僕の本名)が用意したわけじゃないのに!」と女社長は最後までブツブツ言っていた。

【思い出し度】 ★★★★★

◆本日の名盤……職場でアン・サリーをかけていたところ、一緒に仕事をしていた同僚が珍しく「これなんていう曲ですか?」と聞いてきた。原曲もあわせて聴いてみたが、あらためていい曲だと実感した。エリオット・アーウィットによるジャケ写真が内容をすべてを言い表している。素朴で、幸せな気分になれる音楽。名曲「アレルヤ」収録のフェアグラウンド・アトラクション『The First of a Million Kisses 』(1988)。

The First of a Million Kisses

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土田世紀 『永ちゃん』と永六輔 前編

 古本屋を冷やかしていたら、土田世紀の古い作品『永ちゃん』(1989)を見つけた。

 ちょうど休日出勤して、連絡待ちをする予定だったので、一気に読んだ。細かい書きこみに目がチカチカする。この人の初期作品はイヤっていうぐらい書きこみ(コネタ)が多いのだ。

 デビュー作『未成年』では、コネタの連続で相当に読みづらかった覚えがあったけれども、ストーリーテリングはかなり上達していて、熱くて、うざったくて押し付けがましい土田節が横溢していた。好み。

 読み終わった後、このマンガのカバーに「永ちゃんは、永六輔の永じゃないよ。矢沢永吉の永だよ」と書かれてあったことをぼんやり思い出しながら、まったく別のことを思い出していた。

 永六輔に会ったのは、4年ほど前のことだ。少し長くなるが、備忘録のために書いておきたい。

 それは、タウン誌の仕事だった。

 主旨としては、浅草の老舗割烹『茶寮 一松』へ、浅草にゆかりのある人物(永氏の実家は浅草の寺)を招き、その講演の模様を取材するというものだった。といっても、調整はクライアントである団体の人間が行い、僕とカメラマン氏、ライター氏は当日取材をするだけだから、わりと気は楽だった覚えがある。

 ライター氏、カメラマン氏ともに打ち合わせをした後、セッティングも終え、いよいよ永氏が二階に上がってきた。緊張が走る。浅田飴のCMで見るよりは、ぐっと老けている印象。

 話をする前に、簡単に主旨を説明して、テレコを回し、カメラを撮ろうとすると永氏はゴネ始めた。曰く「こういう取材なんて聞いていない」……僕の顔はさぞかし白くなっていたことだろう。頭が真っ白になって、必死に説得するが、まったく耳を貸さない。

 挙句の果てに、その場にいたご婦人方(20~30人はいただろうか)を永氏はアオり始めた。

 「原稿にしてもいい『つまらない話』と、原稿にはできない『面白い』話、どっちが聞きたいですか~?」

 結果を待つまでもなく、大半が『面白い話~』と答える。完敗だった。カメラマン氏とライター氏には平謝りして、その日は撤収となった。用意されていた豪華な弁当もビールもまったく味気なく感じた。

 団体の偉い人は、「だから、共産党は……」とブツブツ言っていた。この振る舞いと共産党のどこらへんに関係があるのか……そんなことを追求する気力もないまま、とにかく最悪の気分で家路についた。

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六本木『N』

 今から数年前のこと。

 知人が六本木のバーで働いていた。

 六本木の交差点からロアビル方面に向かって歩いていき、飯倉片町の交差点を右折、50メートルほど歩いたところの二階にその店『N』はあった。

 店内は相当に薄暗く、バー席が7〜8席、テーブル席が14〜5席だったと思う。首都高に面していたせいか、ガンガン音楽をかけても文句を言われないところもお気に入りで、おまけに楽器もあった。知人はそこでたまに客のリクエストを受けて歌を歌っていたらしい。

 時折、僕らはここに集い、自分たちのお気に入り音源をめいっぱいのボリュームでかけ、興に任せて(楽器を弾く人が多かった)、気ままなセッションを繰り返した。

 そんな雰囲気がとても心地よく、場所の不便さはさておき、声をかけてくる外人の客引きを振り切りつつ、よく通った。まだ、僕は青山一丁目に勤めていたから、タクシーで外苑東通りを下れば、わりとすんなり着いた。そこで、気ままにビールや演奏を楽しんでから、近くのラーメン屋に繰り出したこともある。今では考えられない話だ。

 こんなこともあった。

 ある日その店で、旅行で訪れた恐山の写真を自慢していたところ、水子地蔵の写真にさしかかった瞬間、かけていたCD(新品)がブチッと止まった。僕を入れて三人ほどしかいなかったが、お互いの顔を見合わせ、急いでその写真をしまった(以後その写真は見ていない)。恐山の来訪帳に「恐山で写真を撮ってはいけない」と書いてあったのをそのとき瞬時に思い出した。

 なぜか、最近『N』のことをよく思い出す。

 あれから、店自体を閉めたのか、その知人が辞めてしまったのか、どちらかだったと思うが、とにかく六本木自体から縁遠くなってしまった。

 あの店には、学生時代のような、ゆるい空気が流れていた。知人宅にたむろし、青臭い議論をふっかけたり、限度を考えず酒を流し込んだり、新しいレコードに耳を澄ましたり、気ままなセッションを繰り返したり……暇だけはあった学生時代のそういうムードが、まだ少しだけ『N』には感じられた。

 別に学生時代に帰りたいとは思わないが、たまには、ああいう雰囲気で酒が飲みたいなんてことを考えてみたりするのである。

 今となっては、贅沢な話だけれど。

 【憧れ度】 ★★★★★

◆本日の名盤……今、飲みながら聴きたい音楽は間違いなく「ロックステディ」だ。前回の日記を書いてから、ずーっとリタ・マーリィのことを考えていたら、ディスク・ユニオンでこんな CD を発見! 副題は『ベスト・オブ・リタ・マーリィ 1967-1972』。興奮して声が出そうになる自分を抑え、競歩のようなスピードでレジに並んだ。思いは通じるものだ。初期リタ好きなら即買いですよ、ダンナ。名曲「プレイ・プレイ」収録のリタ・マーリィPlay Play 』(2004)。

Play Play

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思わぬ再会

 金曜日。  

 提出するものがたくさんあり、頭がぐるぐるしていた。 周囲を見ると、ぐるぐるしている人ばっかりだ。実に忙しそうである。  

 そのうちの一人(向かいの女性)から間違いメールが届く。  

 最初は、自分にも関係あるんだろうなあと熟読したがどう考えて知らない案件のイラスト修正について書いてある。これは僕宛ではない。  

 それよりも、そのイラストが使用してあったウェブマガジンの記事に目が留まった。

しがらみだらけで苦しいぞ!
ネットの世界はなにげに窮屈。

 この中に「初恋の人をネットで検索すると、その行方がわかる」と書いてあったので、息抜きを兼ねて早速トライしてみた。

 ……出てきたよ! 本当に。

 初恋の人は、現在、地元の某団体で理事長を務めていた。写真まで出ている。容貌は年齢相応に老けているが、確かに彼女だ。出会ったのは中学のときで、確か転校生だったように記憶している。

 しばらく、中学の同級生(どちらも見つからず)や、高校のときに仲良くしていた女の子(一人は東京の出版社にいるらしい)の消息を探っていたけれども、わかったからどうなんだと我に返り、止めた。

 いろんな人と出会って、別れてきたんだな、と今さらながら思った。

【プレイバック度】 ★★★★★

◆本日の名盤……彼女の写真を見た瞬間、うれしいような、恥ずかしいような気持ちになった。ふと、DVD『SARAVAH 「時空を越えた散歩、または出会い」 ピエール・バルーとブラジル音楽1969~2003~で耳にした、マリア・ベターニャの力強い歌を思い出した。身震いを覚えるような、「生」そのものを吐き出す歌。ブラジリアン・ミュージックの巨匠、カエターノ・ヴェローゾが手がけた名曲「ベイビー」収録のマリア・ベターニャ『Recital Na Boite Barroco 』(1968)。

Recital Na Boite Barroco

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豪徳寺事件簿

 先日、アルバイトのK氏が入社してきたので一緒に昼食。

 数日前に上京して、今はなんと豪徳寺に住んでいるというではないか。

 豪徳寺! 豪徳寺といえば、19で上京して5年近く住んだ場所だから、当然思い入れも深い。しばし豪徳寺の思い出がフラッシュバックする。

 以下、私的豪徳寺トピックなど。

1)『PICON BER』
小田急線の豪徳寺駅と、世田谷線の山下駅の間にあるPICON BERは、オープン当初から通いつめていた名店だ。店主が偏屈なものの(平気で気に食わない客を追い返す)、彼が作るもの(パスタやパングラタンは相当美味いです)も、飲み物も相当美味いのにリーズナブル。おまけに、音楽やインテリア、置いてある本の趣味もナイスでよく通った。

2)『Let's 豪徳寺』
「豪徳寺に住んでいる」というと、かなりの確率で「『Let's 豪徳寺』(庄司陽子著)だね!?」というツッコみを受けるが、結局いまだに一回も読んだことはない。

3)目の前で飛び込み自殺を目撃
家の近くに踏み切りがあった。ある日の昼、食材とクッキング本を買い、電車が通り過ぎるのを待っていたら、踏み切りの向こうで車に乗っていた男が車から降り、突然線路に横たわった。「え?」と思った瞬間、目の前で聞いたことのないブレーキ音が響く。向こうにわたらないと帰れないので開くまで待っていたら、B級映画のような赤い血まみれの遺体を、鉄道職員が処理するのが見えた。

4)アラーキー邸へ行ってみる
奥さんとの別れを写真でつづったセンチメンタルな旅・冬の旅の中に出てくるマンションが近くにあったので、一度その部屋の前まで行ってみたら、表札に手書きで「アラーキー」と書いてあった。5年近くいたのに、遭遇したのは一度だけ。

5)ラーメン屋でケンカを止める
新しくできたラーメン屋に行ったら、ラーメンマニアと思われる男が店主に味のことで嫌味を言っている。いわく「もうちょっとスープの味を云々しないとウケない云々」……すると、それを見かねた客の一人とマニア氏がモメはじめ、結局客の右ストレートがマニア氏の顔に入り、大量の鼻血が床に飛び散った。ただ静かにラーメンを食べたい僕はしょうがなくケンカを仲裁した。殴り合いの原因がラーメン……別の意味でショックを受けた。

6)隣の女性と仲良くなる
ある天気のいい日。洗濯をして下着を干していたら、隣に住んでいた女性から「こんにちは」と笑顔で話しかけられた。それからちょくちょく話すようになった。育ちのよさそうな彼女は、年上の男性と付き合っている、とこっそり教えてくれた。以来、音楽を聴かせ合ったり、業界人だらけの飲みに連れて行かれたり、夜の横浜をドライブしたりしたけれども、男女の間で起こりえるようなことは何ひとつ起きず、そのうち彼女の引越しとともに音信不通になってしまった。

7)変な酒屋で働く
「近い」「酒が好き」という理由で、近所の酒屋でバイトしていた。そこは家族経営で、父親が不倫していて夫婦仲が悪かったり、長男がマザコンの鉄っちゃんだったり、いとこの女子高生の恋の相談に乗ったり、話題に事欠かない家だった。極端な人間が集っているという意味でも、非常に興味深い観察対象で、同時に家族経営の難しさを痛感させる店だった。

 他にも、ごくごく初期にしか使われてないキャラクターが目印のモスバーガー、床がベコベコしているレコード屋(とにかく安い)、何でも売っているリサイクルショップ、夫婦がケンカばかりしている古本屋、死にそうなばあさんが一個45円で売っていたタイヤキ屋、大学教授が休日だけ店番をしている古本屋、「肉棒」なる焼き鳥状のお惣菜を売っていた肉屋などなどヘンな店がたくさんあったが、今もやっているのだろうか。

【懐かしい度】 ★★★★★

◆本日の名盤……隣の女性に話しかけられたとき大音量でかけていたのは、これだった気がする。やめときゃいいのに、その女性にこのバンドの良さをしつこく説明した覚えもあり。恥ずかしい! 名曲「もぐらと祭り」収録のニューエスト・モデル『ユニバーサル・インベーダー 』(1992)。

ユニバーサル・インベーダー

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